きれいに整えられたベッド、彼女の好きな色で飾られたその寝室のふすま一枚向こうに、影がふたつ重なっていた。
頬に甘いクリーム色の糸のような髪が一本ずつ徐々に落ちていく。彼にとってそれは慣れた感触だった。冠葉はその髪をひとふさ掴んで掌にすべらせたりこすったりと弄んでいる。今更ながら、互いの息がふれるくらい近い距離に胸を痛ませる感覚を覚え彼は少し顔をそむけた。
「動かないで」
身じろぎした冠葉をとらえるように両耳の横に手がそえられて、ゆっくりと二人の空白はなくなった。そえられた手は白くて冷たい。そして夜の空気の中で一段と青白く見える。その手に自らの手を絡まされながら冠葉は自分の名をかすかに聞いたけれど、静かというにはあまりにも声であった。
「かんば」
再び告げられたその言葉に彼は眉を寄せ真上の晶馬を横目で見た。晶馬のにせものの長い髪が妙にこの部屋で映えている。何かを確かめるように冠葉は自由な手で弟のつつまれた顔をつつ、と撫ぜた。
晶馬がゆっくりと背をかがませると、彼のその髪の毛がやさしいカーテンのように冠葉をおおって真白のシーツに流れる。そうしてふたりはその小さな空間で見つめあう。幻想的で、そこは異空間なのだ。しかしさっきと違って冠葉は真っ直ぐに晶馬を見上げていた。その間に冠葉の顔に影りができ、それは一段と濃くなった。晶馬は顔の横に垂れ下がる重たい髪を持ち上げるでもなく、長い睫をきれいな音を響かせながら伏せ、そして兄のおでこに一度だけキスをした。
「これはゲームなんだ、兄貴」
おでこに晶馬の冷めた吐息を感じた。
ゲーム?、冠葉の心の中の呟きは晶馬には届かない。晶馬は冠葉の顔に覆いかぶさった髪の毛をやわらかな手つきでぬぐうようにどけた。わずかに温まった冠葉の頬に晶馬のそれが触れようとして、ついに冠葉は口を開く。
「晶馬、俺が守りたいものは、」
冠葉の言葉を拭い消すように、晶馬は唇を合わせながら目じりからわずかに涙を流した。そうして晶馬の閉じられた睫が雫をはじかせるようにまた音をたてるのだ。その音を冠葉は瞼をあけながら聞いていた。ぱちん、ぱちん、夜がはじかれるおと。
(俺はその音をどこかで聞いたことがある。目を閉じれば今にもその音が脳に響き渡る。色とりどりのようで何にもない沈黙した世界、どこかで俺を呼ぶ声がする、世界が変わる波紋と、誰しもが受ける罰、俺たちは一体誰なんだろう?)
とらえられた手は本当は自由だ。でももう欲望の渦がまいてしまった。俺をどこかへ導くすべらかな髪と甘く問いかけられる唇と。弟の睫をぼんやりと眺めながら、(ああ溺れてしまう、)と伏せた瞳は輝いていた。







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