紫のゼリーのような、ゴムのような感触の手か足かもわからないそれに自由を奪われ、もう抵抗することも諦めた(はなから心の底では諦めていたのかもしれない)俺は、疑問を伴いながら目の前のこの男が黒いセーターをがばっと脱ぐのをじっと見ていた。暑いのか?でもお前、あんな真夏に平気で汗一つかかずにそれ着てただろ。晩夏も過ぎた、今更?
心の中の突っ込みは声にはださず口はまだ閉ざしたまま。そういえば俺はこいつのシャツだけの姿をはじめてみた、と思う。なんかあんまり似合っていない。ちょっと暑苦しい方がこいつにはお似合いだってことがようやくわかったから、だから早くこんな薄暗い場所から解放してくれないか。
「お前、どんな状況でもそのウザそうな顔変えないんだな」
埃っぽい地面に仰向けに押さえつけられ、立っていたシュウが腰をおろしながらまたがってきてもまだ俺は静かにしていた。まだ、というかすでに、もう、はっきり言ってしまえばもう逃げようなんて気、微塵も残ってない。
(――こいつがちょっとでも言うこと聞いてくれたならなぁ)
とか思いながら自分の右腕をそっと見る。自分の腕が勝手にどっかにいったり(それはほとんどあの女のせいなのだが)目玉がぎょろっと動いたりするのはなかなかホラーだ。しかも言うことを聞きやしないんだからほとんどいらないんじゃないかって、たまに俺は思う。でも朝いきなり教室に入ってきて、昨日まであった同級生の右腕が無くなっていたらどうだろう?シャツが役目をなさないままぶらんと垂れ下がっているのを見たら一体どうなるだろう?みんなにあーだこーだ言われるより俺は右腕を無くした経緯(全部嘘の)を話すこととそれを考えなければいけないことが何よりも面倒なので、とりあえずあの女とセンコに付き合ってやっている。というか、もともとセンコは俺のやつだ。なんで俺がこんなに不自由しなきゃだめなんだ。
「おい、」
一瞬驚いて、そういえば今こいつに俺は捕らえられているんだった、と遠い日のことのように思い出した。お前他のこと考えてただろ、チッ、というシュウの舌打ちが真上から聞こえた。でもどうしようもない。今からこいつに何されるかを考えるなんて時間の無駄だし。そうしたらぷつぷつと制服のシャツのボタンを外されて、ぎょっとした。てっきり殴られるものだと思っていたからだ。俺はシュウみたいにセーターとかカーディガンなんてものを着ていないので無防備にさらされたボタンがいとも簡単に彼の手によって外されていく。なんてことだ。それなら俺も、何か着ておけばよかった。
身体の真ん中の、ボタンを外されたことによって隙間ができたシャツの間からすうすう空気が入ってきて少し冷たい。もう夏じゃない。
すうと頬にてのひらがはって、それがあまりにも優しげな手だったから俺は疑った。空気がおかしいってことに当分前には気づいていたけれど何にもできないのだからしょうがない。俺はずっとこいつのいつものような言葉を待っている。待っていた、のに。
「お前ってよく見るとさあ、意外とかわいいんだな」
なんて言い出すからついに耐え切れなくなって、はあ?と大声を上げてしまった。すると待っていたかのようにシュウがにやりと笑むのでまた声を上げそうになる。胸の中のいらいらが限界だ。
「やっと表情が変わった」
シュウの陰りがさした顔が近づいてきてでもそれはもうにやついてなんかいない。ドキっとした。いつも連れ去って乱暴するみたいにいつかぶんぶんこの紫の手足で俺の体を振り回したように、そう接してくれればいいのに。そういえば気づいたら、紫の手足からも解放されていた。俺はいつでも逃げれるってわけだ。でも距離を縮めてくるシュウの顔の、あまりの白さに俺は見とれてしまって指先ひとつ動かすことができなかった。







センコロール/120115










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