背中に、ふくよかなあたたかさを感じていた。あたまのなかは驚くほど冷たくて、それとちがってじぶんの掌には水のように汗がはりついていた。体も脳も火照ったまま、凍えることのできそうな水のなかに落とされた、そんな。 首すじにあてられた銃口のその空いた穴が何ともきもちわるく、噛みあわない違和感をおぼえた。彼女の吐く音が耳のちかくでぼんやりと響いて、目が覚めた。 「雪男」 それは彼女とはじめて会ったときの夢だった。まるで正夢のようで(それはもう起こった出来事だけれど)、ただひとつちがうのは感触が何よりはっきりしていることだ。目が覚めてわかったけれど、夢のリアルな感触とはちがって、じぶんの掌は一滴の汗も流していない。その他は、あたまの奥の冷たさも、首すじの違和感も、耳もとで響く彼女の甘ったるい声色も何も、変わらないのだった。 「あたってます」 あててんだよ、だるそうにことばを告げた彼女は、犬が嗅ぐように首もとに鼻を寄せて、時おり唇をおしあててくる。ここからは見ることのできないそれは多分、いつもと同じようにふっくらと赤づいていることだろう。それはだれのものでもない、彼女の部位だ。 (女は美しい獣だとおもってた。美女と野獣、なんてことば、どちらも女性を象徴しているようにしか感じとることができずにいる。それはこの一瞬もこの先も変わらない、自身であるための証拠でもあった。) 兄はいったいどうおもっているのだろうとふと浮かんで、この状況には相応しくなさすぎて、思考を切った。 16歳であるはずの僕自身は、それを自覚できずにいて、まったく恐ろしいくらいにいつも手にとるように未熟がわかる。じぶんの奥底まで解き明かせている、けれどもそれがいちばんの深いところなのかわからずに、ぬけだせない、もうそんなことを何百回もくりかえした。これが思春期というものなんだと、無理やりにこたえを導き出すこともある。 ほとんどの体重を彼女は僕にあずけて、だらりと垂れ下がるように背後から抱きしめられる。いまこの行為は、愛情のしるしのひとつ。残像のような過去と夢があたまのなかで重なってみえた。背中に感じる彼女の心臓の熱は、じぶんには伝わっていく気配も感じられない。掌には何も残っていない。 (女が獣であるならば、男は一体なんだというのだろう。食物連鎖のピラミッド、あれの、いちばん下のほうのが向いているかもしれない。しぶとく生き残って、獣から与えられるしか脳の無い。) じぶんが成長したと感じられるものなんていまこの一瞬、掌の温度しか、なかった。 #エデンの獣-あおえく
110610 |