※R-18





 扉の前に立つと、夕餉の匂いが漂ってきた。紛れもなく僕の家から発せられている匂いだ。懐かしい匂い。今夜は煮物だろうか。
「先生、ただいま」
 トントントン、とリズムよく刻まれる包丁。その手がとまり、彼は振り向いた。
「おかえり。早かったね、悟」
 僕たちは奇妙な共同生活をしている。

 小さな食卓にきれいに並べられた夕飯たちを二人で囲む。そしてお互いにいただきます、と箸に手を伸ばした。
「どうだった? 担当との話は」
「うん、まぁ順調かな」
「それはよかった」
 会話の途中、煮物に箸を伸ばして口に含む。
「外で、これの匂いがしたよ」
 八代は大げさなくらい眉をあげ、その顔に疑問の色を浮かべた。
「煮物か?」
「そ。なんか昔みたいで懐かしかった」
「初めて作ったんだけど、おいしい?」
「うん、おいしいよ」
 八代と共同生活を初め、家事は二人で分担して行っている。そうは言っても僕は主夫が本業なわけではなく、あくまで漫画家なので、締切に追われる日々のせいでなかなか家事ができない時もある。そんな中八代の、ほとんど義務として始めた料理の腕前が、元からなんでも器用にこなす才能も相まってかめきめき上達した。今や料理を娯楽のひとつとして楽しんでいるみたいだ。毎日あれやこれや色んな料理を作ってくれることに僕は助けられてるし、なんだか嬉しい。
「あんなにいい匂いの料理を作ってるのがおじさんだなんてみんなびっくりするだろうなぁ」
「こら、怒るぞ悟」
 言葉とは裏腹に、ハハハと軽く笑う八代を見て懐かしさを覚える。
 こんな未来が待っていたことを、僕は想像できただろうか。



「ん、ぅん……待って、八代待って」
 頬、耳や首筋にキスしながら、パジャマ代わりのジャージをまくりあげる八代に声で静止をかける。
「自分で脱ぐから」
 言って、起き上り八代の下から抜け出した。

 八代は優しい。それは痛いくらいに怖いくらいに、とても優しい。

「はぁっ……はいってくる……」
 熱く大きい八代のそれが僕の中をどんどん圧迫してくる。油断すると息が乱れてしまうけれど、息のしかたなど今はうまく考えられない。
「動くよ、悟」
 耳元で何か告げられ、頭がぼうっとしていて理解することができないまま言葉は耳元でさまよった。途端、八代のペニスが中で大きく動いた。動くたびに気持ちのいい内膜に触れ、その揺れに抗うことができない。固く結ばれていた唇はいつの間にか力なく開かれ、快感は強すぎて、腰の動きに合わせて口から自然と声が漏れてしまう。恥ずかしい。
「あっ、あっ……やしろ、やしろ……」
「悟、さとる」
 セックスをするたびに、見上げる八代の顔はいつも悲しそうだ。その触れる指も、手も、行為も優しさしか感じられないのに、あの日のような鋭い目付きをかくして、彼はこの世界で何から怯え生きているのだろうか?
「悟、痛くないか? 大丈夫?」
 気持ちよさと息苦しさと、何もかもめちゃくちゃで、勝手に溢れ出てくる涙を拭うように目元を指先で拭われた。
動きを止められると、中の熱さに体が耐えられない。火照った全身が疼いて、腰が揺れる。腹が自分のカウパーで濡れているのを知ってまた体が熱くなった。
「大丈夫だよ、気持ちいいよ、せんせい」
 八代を安心させるように答えると、彼は微笑んだ。
 その瞳に灯った光を僕は見たが、目尻に溢れ出した涙のせいでその光はぼやけていた。
「…ンッ……んんっ……」
 徐々に動きが激しくなり、中で熱いペニスが行ったり来たりする振動で下腹が疼く。
「ア、だめ、いっちゃうよ、せんせい、いく、いく……」
「僕も、さとる…………」
 ぎゅうと八代の肩を抱いて身を震わすと、二人の間で勢いよく精液が飛び散ったのを感じた。行き過ぎた快感に解放されたのも束の間、八代のより質量を増したものが敏感になった中を突き上げた。
「さとる、さとるっ……」
 詰まったような声がしたかと思えば、中に出された感覚がして、密着した二人の全身から力が抜けた。抱いた肩の体温はとても熱く僕の手のひらに伝わった。

 先生は優しい。十数年前、狂気を持って僕を殺そうとした人だなんて思えないほどに。
ふとした瞬間、例えばセックスをしているとき、そんな事実思い出しもしない。僕たちは男同士だからセックスは生産性のない行為だけれども、それでも愛を産む行為を僕らがしているだなんて、とてもおかしい。こんなこと、賢也あたりに告白したら笑われちゃうだろうな。


―――
 扉の前に立つと、夕餉の匂いが漂ってきた。紛れもなく僕の家から発せられている匂いだ。懐かしい匂い。今夜は焼き魚かな。
「先生、ただいま」
トントントン、とリズムよく刻まれる音包丁。その手がとまり、先生は振り向いた。
「おかえり。早かったね、悟」
 僕たちはずっと、奇妙な共同生活をしている。


 他愛もない会話の最中、焼き魚を箸で解して口へ運ぶ。
「おいしいよ、先生」
 そう言うと、彼はいつものように僕に優しく微笑むのだ。


「先生、せんせい、せんせい……」
「も、はやく、いれて」
 入口で触れるだけの先生に、僕はついに焦れておねだりをする。先生がにやりと笑みをこぼしたので、僕は歓喜とこれからやってくる快感への期待に包まれた。
 あぁ、早く先生が欲しいよ、早く。
 そうして、先生の瞳がはっきりと光を帯びたのに僕は気づいた。
 その眼光が僕を捉えて離さない。先生が僕を離さなくても大丈夫、先生は僕がいないとだめなんだ。
 僕も先生を離さないよ。








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