目をひらいたらそこはまっしろで、まっくらな闇のなかよりもとても恐ろしい気がした。視界も、頭の中もかすんですべてぼんやりにしか見えなくて、目をひらいているのかとじているのかわからない。でも、確かにまぶたはあいているのだ。
 ふとももの横に、そろえられた両腕は麻酔がかかっているようにこれもぼんやりしていて、動け、と神経に命令するように思ってみると、そろりと動いた掌はなにかにすぐぶつかってしまった。そこで肩にもそれとおなじような硬い物質がずっと当たっているのを感じ、ここは狭い場所なのだ、と気づいた。
 刹那は瞳をとじる。視界からの映像はとめられて、感じるのは音とうっすらな感覚だけ。ぶくぶく、ちいさな音が耳のすぐそばで聴こえて、水の中のようだ。でもまるで酸素の中で呼吸してるみたいにきもちいい。それよりも体が軽くて浮いている感覚。母親の胎内みたいに、ここはあたたかい場所なのだろうか。
 ふたたび瞳をあけたら、ぼんやりした先に掌が見えて、こっちに手を伸ばしている。申し訳ないけれどここは腕を動かすことができない狭い場所だから、手を伸ばすことはできない。それでもだれかは腕と、手をぐっとこっちに伸ばしている。俺は誰の助けも求めていないのに。 そう思った途端、一気に視界が広がって色づいて、体が重くなって、ぶくぶくした音が聴こえなくなった。体中のいろんなところから空気が勢い良く浸透してくる。嫌に音がはっきり聞こえて響き、ずっと耳障りな音をならして、息苦しい。手の平になにかが触れたと思ったら、そこから感覚がもどっていく。それだけはすごく心地が良かった。誰のあたたかさだろう?


 電話が鳴り響く音で目が覚めた。いつもよりもぱっちりと、勢い良くまぶたがひらいて、とびあがるように起き上がった。掌に水みたいな汗が溜まっていた。夢をみていたのだ。
 宇宙で夢をみるなんてはじめてのことだった。しかもそれが決して縁起の良さそうな夢じゃないなんて、いい気分がしない。夢の内容なんてはっきりと覚えていなかった、それがきもちの良いものか、悪いものかなんて。それでも目覚めは最悪だ。
 意識を戻す、そしたら、じぶんの眠っていたベッドの横に、ティエリアが立っていた。言い表せない、ただ、少しも嬉しくなさそうな表情で、こっちを見ていた。本当に気配のしないやつだ、とぼんやり思う。
「夢を、みたのか」
 独り言のようにティエリアは言う。でもじぶんに向けられた言葉。嘘はつかないつもりだ。
「ああ。みた」
「どんな夢?」
 こどものような口調で問うたかと思うと、今に泣きそうな顔で刹那を見た。
 ものを欲しがるみたいに相手の言葉を欲しがって、離してほしくない。いつもかわいそうなやつだ、と同情にも満たないうっすらしたこころで刹那は呟くのだった。
(お前の夢)
 そう言えたら良かったのに。まだそこまでの優しさはもちあわせていない。この世界を平和にするのに、そんなもの必要なのだろうか?
「産まれる時の夢だ」
 怪訝そうに見つめてくるティエリアの視線をかわして、早くこの汗を洗い流してしまいたいと思った。水でも浴びたら夢のことなんかさっぱり忘れてしまうのだ、どうせ。嘘なんかついていないし、だれもそれがほんとか嘘かなんてわからないから。
(お前は存在するのが早すぎたんだ)
 かわいそう、今度は本当に同情に近い気分になる。哀れなこども。
 ティエリアは横を通り過ぎる刹那を、またさっきみたいな瞳で追った。彼の後姿がとても恐ろしいものに見えてぞっとする。昔から怖いものなんて決まっていた。うまれたときから。
 その背中が遠ざかっていくのをぼんやりと幼い目線でみて、刹那は無いもののようにあしらって去っていく。ふたりは遠かった。
「おしえてくれ、」
 何億光年か、離れているどこか名前もわからない星に訊くように返事を求めた。でも、そのこたえはいつまで経ってもわからないまま。





#was born(You are.)
110427

ティエリアがかわいそうなはなし










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