兵部の腰を抱くとやはり思っていたとおりに細く、しかし思っていた以上にか弱く感じられる。巻きつけた腕に力を込めると彼は僕の腕の中でみじろぎして、痛いよ、と名前を呼ぶのだった。
 兵部は猫みたいだといつも思う。こうやって離さないでいても、気がつけば僕の胸の前にはいないし、 (彼を飼っているわけではないが)気まぐれに僕の前に現れて気まぐれに去る。 だからこそこうして強く強く彼の存在を確認するかのように抱きしめる、それも骨が折れそうなほどに。 そういうわけで彼は僕の抱擁の重さにまたどこかへすっと去ってしまうし、わかっているのに僕はまた音が出そうなくらいの強い抱擁をするのだった。まるでいたちごっこだ。
 時たま、兵部は何も言わず腕の中におさまっていることがある。それが僕らの合図みたいなもので、彼への重い鎖をほどいたその手で僕は黒い服を脱がすのだ。

 今日もいつも通り、兵部はカーテンがなびくくらいの軽い勢いで僕の部屋に現れた。
 やあ、皆本くん、と夜中の訪問者はとても爽やかな声であいさつして、自分の所有物のように僕の家のソファにどかんと座る。 僕がさあ寝ようと寝室へむかう一足前の出来事であった。 ため息も悪態もつきたいくらいであったけれど、言っても聞かないであろう彼に独り言のように、帰れ、とそれだけぼそりと投げると、 しばらく黙ってから兵部は冷たい声で告げる。「ねえ、皆本くん、かまってよ」

 黒く暗鬱な学ランを脱がせば、その下の対照的な真白いシャツが真夜中のリビングにはえた。シャツのボタンを丁寧にひとつずつはずしてゆくと、 隙間から胸の傷跡がのぞく。僕はいつもこの銃痕をきもちのわるいくらい確かめるようになぞる。最初のうちはやはり兵部に「きもちわるい」だの 「変態」だの罵られていたけれど、僕が何を言われてもやめないのを悟ったのか、今では従順に黙って次の行為を待っている。
 銃痕は浮き出た心臓のように、痛々しいその姿を高らかに主張していた。兵部の体にそぐわない、しかし不可欠なもの。矛盾した存在。 彼のそこはとても冷たく、静寂を帯びていて、何も答えない。それは当たり前のことだけど。
 あと何度この傷に触れることができるだろう。あと何度この堂々めぐりが続くのだろう。僕は彼を抱くたび思うのだ。
 兵部は僕の気持ちなんか手に取るようにわかるのに。しかしそれでも兵部京介は何一つ口に出してはくれない。何か言ってくれよ、兵部。 いつも無駄口を叩くような軽い言葉でかまわないから。
 言葉なしでわかりあえるほど、僕はまだ大人じゃないんだ。








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