目が覚めると兵部がいた。
 いつのまにかリビングのソファで横になって、読みかけの本を腹に開いたまま僕は寝ていて、日がかわったのだろう、光のまぶしさに自然と目が覚めた。 昼寝とはいえ久しぶりの心地よい目覚めなのに、向かいのソファで銀髪の少年の姿をした彼が何事もないかのように本を読んでいるのを見つけると嫌でもため息がでる。
「…兵部、お前、いつも言ってるだろ、人に了承をとらないで勝手に家に、」
 上半身を起こした僕に気づいて、僕がまだ喋っている途中だと言うのに兵部は口を開く。
「やぁ皆本くん、おはよう。目覚めはどう?」
 彼は本棚から勝手に取り出したのであろう文庫本を片手に、いつものようなうさんくさい笑顔で言葉を続けた。
「そろそろ日がかわると思ってカーテンを開けておいてあげたんだよ、粋なはからいだろう?」
 いつも僕が起こしてあげないと君はいつまで経っても起きないしね、ひょうひょうと言う奴に、僕は寝起きの頭が掻き乱されていくのがわかった。 正常な頭でもこいつの畳み掛けるような話に付き合うのは脳が疲れるというのに、ぼんやりした頭では言葉を受け入れようともしない。 ひとつわかったことは、このすてきな目覚めが兵部からプレゼントされたということが何よりも憎たらしいということである。
「それで、今日は何の用なんだ?」
 いつものように用なんて何もないのだろうけど。読みかけの本を付箋もはさまず机の上に置く。内容なんて寝ているうちに忘れてしまった。
「暇だから皆本くんと遊んであげようと思ってね」
 読書を再開していた兵部は文字から目を離さない。そのままにぼそっと、まぁとうの君は僕が出向いたというのに睡眠を楽しんでいたようだけど、 と拗ねたように言う兵部がなんだかかわいらしくて笑った。こいつに少しの少年らしさが残っているのはいつだって意外である。
「君、僕をなんだと思ってるの」
 顔を上げ、僕に向かって兵部は説教をはじめようと読みかけの本のページに指を挟み…、そこで僕は気づく。彼の左手の指に奇妙なものがはめてあるのを。
「兵部、左手のそれは何?」
会話を中断させて問う僕に兵部は訝しげな目線を送るが、その目線を左手に移せば、ああ、と今気づいたかのように表情がかわった。
「これはユウギリがくれたんだよ。おもちゃの指輪」
 僕にわかるように、彼はほら、と左手の甲をこちらに向け見せる。
 紛れもなくそれはダイヤモンドの指輪のかたちをしていた。指にはめる輪の部分は赤く、宝石はダイヤモンドの形をした、安っぽい光沢を持つプラスチック。 よく見るとおもちゃであることが一目でわかる。
「かわいいだろ?」
 あの少女を見るときのような柔らかな笑みで兵部が言うものだから、僕は何も言えなくなってしまった。こうしてたまに、 彼の触れてはいけない部分が表に露呈しているみたいで、僕は勝手に突き放された気分になる。正しく言えば、僕が彼の触れてはいけない部分があるのと同様に、 彼が僕の触れてはいけない部分もあるのだけど。だから、独りよがりで意味のない感情というのもわかっているつもりだ。
「きれいだよ」
 わかっているつもりでも口に出してしまうものだから、僕は相当あきらめが悪いようだ。
「ほんと、君ってかわいげがないよね」
 そして彼もまた、あきらめが悪い。










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