まわりの見知らぬ他人がちらちらと俺たち2人を見ている。世界から見ればなんてことないちょっと目を引く道端での光景なのだろうけれど、俺たちにとってはそうではない。 少なくとも俺にとっては。その世界が傾いてしまうくらいの出来事なのだ。
 俺たちは買い出しに行くため道を歩いていた。人通りは普通だった。平日のお昼だし、みんな仕事をしているか家にいる時間なのだろう。 そんな中俺たちは呑気なもんだと、内心笑った。俺が先を歩いていて、いくつめの角だったかな、なんてぼんやり考えながら歩みを進めていたら、名前を呼ばれ、振り向いたらキスされた。
 ユウギリは昔着ていたような白いスカートをひらひらさせて、昔はしなかった平然とした表情で笑う。「びっくりした?」
「びっくりも何も…」
「こういうこと、だめだって言うんでしょ?」
 知ってるよ、アンディが何て思ってるのかくらい。そう言いたげな少女の瞳は、その微笑みと裏腹に濃い色を宿らせていた。何年も一緒だからわかる。 こんな顔昔はしなかったのに、まるであいつとそっくりで嫌になる。
「大丈夫だよ、私たちのことなんて誰も知らないよ」
 そうだ、誰も知らないのだ。誰も見ていないし、誰も否定しないんだ。別にいいんじゃないかって俺は何度も思ってきた。 そして今、それを実現できるその時なのだろう。だけどいくら考えても、だめなものはだめだった。俺の中のわずかな倫理性が歯止めをかける。 だって彼女を手の内に入れてしまうことは、ただのエゴだってわかりきっている。恋や愛なんてものは結局利己的になるわけで、俺は自らの手で彼女をそんな汚い人間にはしたくなかった。 それも、とてもわがままな感情なんだろうけど。
 俺たちは、兵部にしがみついて生きている。もうこの世にはいない人間に、だ。いや、だからこそかもしれない。だから俺が今この関係を打ち破ってしまえば、 俺たちの中の兵部を忘れてしまいそうで、失ってしまいそうで、とてもこわかった。彼女を悲しませないためにも、俺から手を差し伸べることはできないし、 差し伸ばされた手を返すことはできない。このままだと俺たちはこの先、どこへも進めない。ずっと重苦しい闇の中を光だと信じて、もがき終わるだけだ 。ほんとは彼女を幸せにしてあげたいだけなのに、俺は何を悩んでいるのだろう?
「私たちなんてまだ手を繋いだこともないのにね」
 ほら、こうやって悲そうに笑うユウギリの顔なんて、もう見たくないのに。俺がサイコメトラーだったらよかった。ユウギリが何を望んでいるのか、 どうすれば彼女を導くことができるのか、言葉ひとつ交わさずわかるのに。だがそれをしたところで彼女の本当の願いを叶えてあげれるとは限らないけれど。
「ごめんね」
 美しく笑み、歩き出すユウギリに声をかけることすらできない。昔は俺が頭を撫でてあげるそれだけで彼女は笑った。 今はそんな風に安易に手を伸ばすことなんてできやしない。あんなに一緒にいたのに、俺たちはお互いの何がわかるというのだろう?ただ胸の中の痛いものを見ないふりして年を重ねただけだ。
せめてもと、遠ざかる白い腕をずっと目の中でとらえていた。




愛してるということ




130902











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