遠くに浮かぶ里は幻想の中のよう、紅いひかりをちらちらと浮かび上がらせ、まるで宙に浮かぶ炎のようであった。風が吹いても揺れないその炎は力強く意思を持つ。やんわりと背後で波のようにさざめく木の葉の群れを感じながらその光景を眺めていた。
「早かったな、サスケ」
「お前こそ」
 振り向くと、木々の中にひっそりと隠れるように彼が立っている。黒い服をまとっているせいで闇に身を同化させていて、なんだか嘆きたいような笑いたいような気持ちになった。結局、くすりと笑いがもれてしまう。
「なんで笑ってんだよ、てめぇは」
 いや別に、ナルトはそう告げながらまた笑みをこぼすので、その様子にサスケは苛立って小さな舌打ちを返す。この癖は昔から変わっていない。
音も立てずに暗い森から出てきたサスケはナルトに並ぶように立つ。ぱらぱらと砂が風が吹くのにつれて落ちていそうな崖の先だ。しかしこの恐怖と地にそびえる森を越え視線を這わせればあの赤々ゆらめく里が唐突にのぞく。現実離れした感覚が体中をまとった。
「まさか本当に来てくれるなんて思ってなかったってばよ」
「あ? お前が呼んだんだろーが」
「まあ、そなんだけどさ」
 なんだか今日は一段とサスケの機嫌が悪い気がして、ナルトの心はだんだんと落ち着きがなくなってゆく。もやもやと正体のわからないものに襲われ、それは久々に味わう、緊張とか動揺とかそういった気持ちだった。昔はずっと胸が高鳴って、もんもんしたりわくわくしたり、冷静という言葉すら知らない子どもだった。世間でいう多分大人になった今、自分でも昔と比べると落ち着いたと思うし、まわりにも落ち着いたね、なんて言葉をよく言われる。のだが。なんだか、今でもやっぱりサスケと顔を会わせるときだけはどうしても落ち着かない。昔とはちがう感情だとはよくわかっているのだけれど。
「御多忙の火影様が、よくこんな時間に里を抜け出せたな」
 サスケは強調して皮肉った口調で告げ、おまけに鼻で笑った。やっぱり俺ってば成長したな、なんて一人感心しながら昔なら食って掛かっただろう挑発をさらっと流して口を開く。
「火影くらいしか知らない抜け道裏道、なんつーもんもやっぱりあるんだぜ?」
 すると今度はフン、と口の片側を引き上げ、いかにもばかにした口ぶりで言う。
「嘘付け、堂々と門でも抜けてきたんだろ。お前のことだから部屋に影分身でもおいて」
 バレバレなんだよお前のことなんか、そう言いたげな目線で彼はこちらを向くので、成長したと思ったけれど、やはり今でもこいつにはある意味でかなわないなあ、と心底ナルトは思う。でもすごく嬉しく心地よい。今でもとか、昔はとか、そう思えることが。
「で、今日は何の用なんだよ」
 すぐに顔をそらしてしまったサスケの、黒髪の揺れる横顔をもったいないと横目で見る。いつもナルトは何の用事もなくサスケを呼びつけては、他愛もないことをつらつらと話すだけなので、とうとう彼がその都度何の用なのか問いかけてくるようになった。本当は何の用事もないのをお互いにわかっているはずだ。ナルトはただただサスケの顔が見たいだけで、それさえも彼にはわかりきっている思惑なのだろうけれど、いつも無言でこの場に現れてくれる。寛容になったなぁ、と思う。でももしかしたら、俺の都合のよい勝手な思いなのかもしれないけれどもしかしたら、彼はすこしだけ心を許してくれているのかもしれない。昔と変わっていない真っ黒な髪のむこう、真白な肌にうかぶ昔よりも目元のゆるくなった黒目を見て、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 サスケが怪訝な顔をして、なかなか返事をしないこちらを伺うので目が合った。その瞳は黒く、しかし強く闇の中のひかりをうつしだす。夜の星空のきらめきというよりも、おさめられた鞘から飛び出したときの勢いをそのままもった刀の残光のように、するどく意思を持つひかりを。吸い込まれそうだ。本当に美しくて、深い深い瞳だ。でも目を閉じれば、まつげにつつまれながら再び開く目は昔のそれをまだ反芻しそうでこわい。今だけは過去を見ていたくない。
「久しぶりにサスケの顔が見たいと思ってさ」
 なんて笑いながら言うと、サスケは一度きょとんといつもの鋭い目を丸くさせたあと、
「は、おまえ、」
 そうして口ごもりそれだけ言ってぷいと顔を再びそらしてしまった。
 ナルトがしばらくじっと待っていると、はぁ…、とむこうから、浮かんで見えそうなほどの溜息が聞こえ、なかなか見ることのできないサスケの動揺した姿についハハ、と声を出して笑う。
「ごめんごめん、嘘だってば」
「…お前は俺をこれ以上どうしたいんだよ…」
 夜に近づきつつある。それを示すように冷たい風が二人の間を吹き抜けた。お前をどうしたいかなんて、全身真っ黒なサスケを眺めながら、ああ、ほんとはどこかに閉じ込めてしまいたい、ずっと触れていたい、このままふたり、誰にも見つからないくらい、どこか、遠くへ。
 小さく深呼吸して、なるべく平凡にナルトは声を発す。
「サスケ、おめでとう」
 横で彼が驚いたのが見ないでもわかった。やはり自分の誕生日を忘れていたようだ。いつまでも自分のことに無関心なサスケにまたぎゅうと心が絞られる。
「おめでとう」
 気づいたサスケに再び同じ言葉をむけて、微笑んだ。彼はどこか傷ついたような顔をしていた。
「二度も言うんじゃねえよ」
 つぶやくように、ありがとうなと、サスケの口からこぼされて、今となりに立っているこの人を、存在を、抱きしめたくなった。たまらないものが奥から溢れておさえきれなかった。
 サスケ、と、そう彼の名前を口に出すとより一層それは重くなる。彼は風が吹くようにさらりと笑った。そして次はぎこちなく笑みながらこう言うのだろう、なんて顔してんだ、と。白い手首に手をのばすとあたたかい。昨日も今日も明日も何年経ったって、変わらないものはあるのだと、この全身であたたかさに触れながら思った。










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